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 第3回:平成23年8月30日

 

 本日の予定は、岸和田城下町。

 教えてくださるのは、元浜小学校校長先生の倉井先生。

 

 講座の前半は、紀州街道についてのお勉強。

 後半は、岸和田城下町を歩きました。

 

 

岸和田城下町と紀州街道の成立 

 ふだん何気なく通っている紀州街道。はじまりはなんと南北朝期。

 平安時代の貴族の殿様や姫様が 熊野詣に参ったなんてお話が…

 岸和田城が近世城郭として整備され 城下町が形成されたのは16世紀後半。

 織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と歴史上の人物とも深いつながりがあります。

 

 

城下町を歩く

 岸和田商工会議所を2時15分にでて まずはじめに向かったのは

 岸和田天満宮。速須佐之男命並びに菅原道真公を主祭神とする六百四拾有余年にわたる伝統と

 格式をもち、沼の天神さんとして親しまれています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから 海側に下ると並松町付近で紀州街道と交わる場所。

 並松町には松が並木になっていたらしく それが町名になっているということ。

 又、このあたりは川があったらしく、橋の名残が見られます。

 

紀州街道を進む

 紀州街道を進むと 昔の商店街の町並みを残した場所があります。

 建物の2階部分等が、大正時代を感じることができます。

 

 

 

 

 他にも、明智光秀の教科書にも載っている肖像画をもつ本徳寺。

 岸和田の庄屋さんの伝説の石碑。

 興味深い発見がたくさんです。

岸和田の人たちのため人柱になった庄屋さん達を供養しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かじやまち商店街…

 レトロな雰囲気を持つ商店街には趣向をこらしたお店が

 数多くレトロ感がただよいます。

       

 

 橋の欄干や建物も楽しい様式の物が多く、当時の賑わいを感じます。

こなから坂

 こなからは小半と書き、半分の半分で四分の一の勾配を意味します。

 ということは、90度の半分の半分。22.5度の傾斜があるそうです。

 ここには昔 お城の大手門があったそうです。

 

 

 

 

 現在の市役所第2別館横に 明治11年に創設された

 第五十一国立銀行跡地があります。

 今は、看板だけですが、明治の趣のあるものです。

 

 

 

 他にも様々な歴史の由来があるものがたくさんです。

 案内板もありますので ゆったり散策してくださいね。

 

 途中で、休憩所・トイレもあります。ご活用くださいね。

 

蛸地蔵

 一里塚を超えてすこし行くと蛸地蔵があります。

 蛸地蔵の話はかなりおもしろいのですが、少々長くなるので蛸地蔵商店街のホームページ

 是非、ごらんください。意外なところにもタコが描かれているのでタコ探しをしても面白いですね。

 

 

梅渓寺

 曹洞宗永平寺の末寺で、慶長5(1600)年清頓和尚により草創開山、

 小出秀政により建立されました。

 その後、岡部宣勝が高槻から岸和田に移封した際、生母の位碑

 『洞仙院殿梅渓宗考大姉』を栃木の大中寺から転置、その墓碑を

 建立しました。寺名もこの戒名からつけられました。

 ここでの注目すべき点は、 葵のご紋がそこかしこに見られます。

 

 

 

 本当は、蛸地蔵の商店街や駅などお勧めポイントがあるのですが

 2時間ではまわりきれませんでした。

 

 紀州街道だけではなく、岸和田には 一本松から久米田池へつながる街道など四季折々楽しめる

 場所がたくさんあります。

 

 次回は最終回。だんじりについてです。